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先生と患者さま

  • aoyama-mcl
  • 3月22日
  • 読了時間: 4分

わたくし、過去に一度だけ海外の学会で研究発表したことがあり、その研究が博士論文になりました。大規模な国際学会だったので、JTBだったかが学会ツアーを組んでいて、発表する若い医師だけでなく、その指導医、座長をされる医学部教授助教授とかお偉い先生も含めて30名以上いらっしゃったかとおもう。行き先は真夏のスウェーデン、その年は例年よりちょっと気温が低くて、8月なのに最高気温が15℃でした。

高名な先生ばかりだったので、お名前はどこかで聞いたことはあったけど、簡単に紹介されただけでは誰が誰だか見分けがつかない。満足に会話もできない英語での発表を控えて、ただでさえ容量の少ない脳は混乱の極み、覚えられないし覚えようという気もない。そんな時に便利なのが、「先生」という呼びかけ。「せんせー、ありがとうございます。」「せんせー、こっちですよぅ。」仕事の一環とはいえ、お偉い先生方もニコニコされていてフレンドリー、こちらも旅気分でどんどん浮ついて「学会発表」なんじゃい的な気持ちになってくる。

学会前日の歓迎レセプションはノーベル賞の授与式も行なわれる会場で、女王さまも臨席されていました。韓流ドラマのパーティみたいなものを想像されるかもしれませんが、全然違います。ものすごくガヤガヤしててほとんどなにも聞き取れないし、女王さまのご挨拶もスウェーデン語なのでもちろん聞こうという気にもなれない。そこでですね、、、たぶん退屈されてたんだと思うんですけど、同伴されていた某教授夫人が突然、心細い気持ちで集まっている新米の医者を前に仰った。

「あなたたち、なんで先生、先生って呼び合ってるの。(自分が偉いかのように)勘違いさせるだけだから、これから〇〇先生じゃなくて、〇〇さんとお呼びなさい。」

それから起きたことといえば、みんな無口になっちゃった。会話がグッと減ってしまった。お名前わかんないのもあるけど、新米がお偉い先生を〇〇さんとか呼びにくい。空港で迷ってあっちの方向へ進んでいるお偉い先生も呼び止められない!


また以前に勤めていた精神科病院の話。わたくしが勤め始めた頃には、病院に20年30年入院している患者さんがいっぱいいて、まぁ病院に住んでいらっしゃったわけですね。精神障害への忌避の感情もまだまだ強く、帰るべき家では亡くなったことにされているかたもいた。そんななか、長くいらっしゃる患者さんだと、若い看護婦さんが可愛がっちゃうんですよね。「やっちゃん」とか呼んで、詰所に遊びに来る「やっちゃん」の髪を梳かしてあげて、ついでに看護婦さん自前の色つきのピン留めとかリボンをつけてあげたりする。「やっちゃん」もとっても喜んでる。

ただその後、時代が降って高齢の認知症患者さんも入院されるようになり、ほとんど面会がなかった精神科病院にもご家族が来られるようになった。そしたらそのご家族が、看護婦さんに怒った。ご自分の親御さんへの応対ではなく、長期入院患者さんへの応対に。尊ぶべき高齢者を「〇〇ちゃん」とか呼んで、赤いリボンとかつけておもちゃにしている。バカにしているとしか思えない。それを重大視した病院側は、ある日から「患者さま」と呼ぶよう、「患者さま」を詰所で遊ばせないようにと注意を促した。病棟へ行ったら、いつも詰所にいた「やっちゃん」がいない。あっ、ちょうど来た来た。わたくしが「やっちゃん」に手を振ろうとした瞬間、看護婦さんから、「〇〇さま!ここへ来たらいけないって言ったでしょ。」って言葉が飛んだわけです。そこには、すごく寂しそうな顔をした「やっちゃん」がいた。


接遇におけるコンプライアンスは刻々と変化し、ハラスメントとされる呼称や慣習も数えきれない。患者さまとお呼びする医療施設、介護施設も多くなった。ただこれは、ひととひとを遠ざけることになってはいないか。某教授夫人も認知症患者さんのご家族も間違ったことは言ってらっしゃらない。ただ長年、使用されてきた呼称には知らない間に豊かな情緒が盛り込まれ、和やかなコミュニケーションに繋がるエッセンスが染み込まされている。そういうものが失われるのは、なんだか淋しい。

うちのクリニックでは、ご来院されたかたすべて、〇〇さんとお呼びして来た。わたくしのクライアントはお客さまではないから。(これまではえべっさんの笹を飾って商売繁盛を願ってはいけない職種でした。)いっぽうでみなさま、わたくしのことを親しげに「先生」と呼んでくださる。これからもその期待に応えられるようせいいっぱい努力したいとおもう。

 
 

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